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パナソニックのアクションワード「Make New」に込めた思想を映像化した「コンセプト篇」が2022年6月5日に公開された。映像の企画・演出を務めたのが、手掛けるCM作品がつねに注目を集める、気鋭のフィルムディレクター柳沢翔氏だ。完成した動画に込められた想いを、柳沢翔さんとパナソニック執行役員臼井重雄に語ってもらった。
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美しいものが美しい
臼井 今回の撮影現場で美術スタッフの方たちが、布を一枚一枚丁寧にセットに貼りつけてましたよね。僕はあれを見て、人を感動させるには、ああいう丁寧さや緻密さが絶対に必要だと思ったんです。
柳沢 僕もそう思います。
臼井 パナソニックって、1951年に日本で初めてインハウスのデザイン部門を立ち上げたのですが、その流れを汲む「パナソニックデザイン」は現在、「Future Craft~未来を丁寧に創りつづける」というフィロソフィーを掲げています。そこに込めているのはお客様と向き合い、お客様の望むものを、丁寧に誠実につくり続けるという想いです。今回の柳沢さんの撮影現場を見て、僕たちのフィロソフィーやクラフトマンシップと共通するものをすごく感じました。
柳沢 お客様の望むものをつくるという部分にとても共感します。僕たちの仕事も本来はお客様のほうを向いているべきなのですが、いわゆる「事情」が絡んでくることがあります。たとえばCMでは、お約束とされているカットがあって、それを入れることがあたりまえになっている。でも、それを視聴者が見たいかどうかはまた別の話ですよね。それよりも、お客様目線で見た、効果的な演出方法があるんじゃないかと思うんです。

臼井 事情を汲むか、お客様を向くかというジレンマは、僕も含めて多くのデザイナーが一度は経験していると思います。でもそれって、正義と正義がぶつかるので、落としどころが難しいんですよね。
柳沢 ロジック対ロジックになると、膠着状態に陥りがちです。でも、そこに風穴を開けるのがアートやデザインなどの、いわゆる美の領域だと思うんです。
臼井 たしかに。今の話で思い出しましたが、このあいだ長野県の松本市を訪れた際、松本民芸館に寄ってみたら、そこに「美しいものが美しい」という言葉が掲げてあったんです。これは館の設立者の丸山太郎さんという方の言葉なのですが、まさに柳沢さんが話した、ロジックより感性ということですよね。
柳沢 いい言葉ですね。クレメント・グリーンバーグというアメリカの美術評論家も同じような主張をしています。美は文脈の中で解釈するものではなく、見て感じるものであると。
臼井 今回の映像にもそれはあてはまりますね。完成した映像を初めて見たときに、映像と音楽の調和の素晴らしさに、ほんとうに素直に「綺麗だなぁ」と思いました。それは理屈じゃなくて、直感でわかるもの。それがまさに「美しいものが美しい」ということだと思います。
モノづくりの本質とは

臼井 柳沢さんと僕は映像とプロダクトという違いはありますが、モノづくりに関しては共通するところもあるのではと思います。柳沢さんは映像制作という仕事のどういうところに喜びを感じますか?
柳沢 僕はオタク気質みたいなものがあって、自分の中につねにつくりたい映像、憧れている世界があるんです。その憧れに近づけるチャンスがあると、めちゃくちゃエネルギーが出るし、楽しいですね。そういう意味でも、今回は臼井さんや水野さんたちに守られながら、世界観の実現に集中できたので、モノづくりの楽しさを純粋に感じることができました。
臼井 そういう健全さやピュアさって、モノづくりでは大事ですよね。
柳沢 大事です。すごく大事。
臼井 僕も自分の仕事の根底には、お客様の心を動かしたいというピュアな気持ちがあります。なので、若いころは休日になると、よく家電製品の売り場を見に行ってました。自分がデザインに関わった製品の前に人がいると、「買ってくれ!」と心の中で祈ったりして(笑)。
柳沢 実際に買ってくれた場面を見たことはあるんですか?
臼井 ありますよ。お客様がさんざん迷った末に手を伸ばした瞬間って、まさにカチッとスイッチが入って、心が動いた瞬間ですよね。自分の携わった仕事でそれが達成できたときは無上の喜びを感じていました。
柳沢 その喜びは僕もすごくわかります。
臼井 モノづくりの仕事の本質って、お客様にどれだけ喜んでいただけるかで、その対価としてお金がある。だから、青臭いことをいうようですが、お金のためだけに仕事をしているわけではないんですよね。パナソニック創業者の松下幸之助も、お客様のためになることをすれば利益はあとからついてくる、という主旨のことをいっているのですが、それこそが仕事の真理ではないかと思います。
柳沢 ちなみに、パナソニックさんは、生活のすみずみにまで行き渡るような幅広い製品をつくっているというイメージがあります。そういう万人に向けたモノづくりって、先鋭的なものをつくるのとはまた違う難しさがある気がして。それこそ、ディーター・ラムス※の「グッドデザインの10原則」をすべてクリアするような超普遍的なモノづくりです。
※ドイツ生まれのインダストリアルデザイナー。工業デザイン界の巨匠と称される。

臼井 そうですね。家電などの製品をつくることによって人々のくらしを豊かにしていくというパナソニックの理念は、モノづくりにも一貫して流れていると思います。ただ、豊かさの価値観というのは時代時代で変わっていきます。たとえば、高度経済成長時代は家族全員がお茶の間に集まって、みんなでひとつのテレビを見ていた。それが今や、ひとり一台スマホです。お客様のライフスタイルが変わり、価値観が変わる今、それに合わせたモノづくりをしていかなければならないと思うんです。
柳沢 たしかに。
臼井 「Make New」という取り組みの意味もまさにそこなんですよね。時代の変化に合わせながらも、豊かさの本質を追求し続ける。そういう意味でこれからのパナソニックがつくっていくのはただの定番ではなく、「未来の定番」。定番こそ時代に合わせてチューニングしていく必要があると思っています。
対談の最後に
臼井 最後に柳沢さんにひとつ伺いたいことがあって。映像の最初に、女性の手が植物を覆っている布を取りますよね。あのシーンにはどのような演出の意図が込められているのですか?
柳沢 ひとつ挙げるとすれば、世界が変わるきっかけが人間の手、ということでしょうか。そのあとは自発的にUnveilしていくんですけど、最初のきっかけはあくまでも人間であるという。
臼井 なるほど、自然と人間の共生にも通じる意図があるんですね。今日は有意義な話ができて楽しかったです。ありがとうございました。

Profile

柳沢 翔(やなぎさわ しょう)
多摩美術大学美術学部油画専攻卒業。 カンヌ国際広告祭、ClioAwards、One Showフィルム 部門ゴールド、ACCベストディレクター、ADFESグランプリほか受賞多数。海外ではPRETTY BIRD(US)、RSA film(UK)、DIVISION(FR)所属。

臼井 重雄(うすい しげお)
パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当
パナソニック株式会社 執行役員 カスタマーエクスペリエンス担当(兼)デザイン本部長
1990年松下電器産業入社。2008年中国・上海に赴任しデザインセンター中国拠点長。2017年アプライアンス社 デザインセンター所長。2019年デザイン本部長。
2021年パナソニック株式会社 執行役員 デザイン担当。2022年より現職。