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パナソニックのアクションワード「Make New」に込めた思想を映像化した「コンセプト篇」が2022年6月5日に公開された。映像の企画・演出を務めたのが、手掛けるCM作品がつねに注目を集める、気鋭のフィルムディレクター柳沢翔氏だ。完成した動画に込められた想いを、柳沢翔さんとパナソニック執行役員臼井重雄に語ってもらった。
撮影現場に満ちていた純粋さ
臼井 今日は柳沢さんにいろいろ伺いたいことがあるのですが、まず僕からお伝えしたいことがあって。僕はずっとプロダクトデザインという映像とは無縁の世界で仕事をしていたので、今回のような撮影の現場に立ち会うのは、じつは人生で初めてだったんです。
柳沢 そうなんですね。
臼井 それで、何も知らずに現場に行ったら、とにかく熱量の高さに圧倒されてしまって。撮影現場って、スタッフひとりひとりがその道のプロフェッショナルで、そのプロフェッショナルたちが力を合わせてひとつの映像をつくり上げている。その熱量がほんとうにすごかったし、モノづくりへの真摯な姿勢に感動しました。

柳沢 うれしいです。でもそれは、現場に純粋さみたいなものが流れていたから、かもしれませんね。
臼井 純粋さですか。
柳沢 映像の最初の打ち合わせだったと思いますが、パナソニックのみなさんやクリエイティブディレクターの水野学さんが、「Make New」というのは未来のスタンダードとなるような、新しい豊かさをつくることなんだというお話をされましたよね。そのひとつが物質的な豊かさから精神的な豊かさへの展開であると。
臼井 たしかに、そういう話をしました。
柳沢 それで僕は今回パナソニックさんが伝えたいのは、製品や機能といった話ではなく、理念なんだと理解して、その後制作スタッフのみなさんにもその話を伝えました。そしたら、作曲の三宅純さん、ヴォーカルのAwichさんを始め、みなさんが「Make New」の理念にすごく共感してくれたんです。理念のみをクリエーションするという純粋さがスタッフ全員に伝播して、それが臼井さんの感じた熱量になったのではないかと思います。
臼井 なるほど。

柳沢 今回のプロジェクトでは臼井さんたちの理解のもと、ほんとうに自由に、ピュアな気持ちでクリエーションに専念できたという実感があります。きっと、現場にいた誰もがこんな仕事はこの先ないんじゃないかと感じていたのではないでしょうか。
臼井 クリエイティブに必要なのは「愛と自由」だと思っているのですが、今の柳沢さんの話を聞いて、その想いを強くしました。僕は映像に関しては素人。だから、その道のプロフェッショナルにおまかせするのがいちばんいいんです。
柳沢 ここまで制作スタッフを信頼してくれる制作現場は僕にとっても新鮮で、そういう意味ではつくり方そのものが「Make New」だったと思います。
臼井 ちなみに、「Make New」はそのあとのブランクに言葉を入れることによって、各人の挑戦の意志としているのですが、柳沢さんだったらどういう言葉を入れますか?
柳沢 何だろう…この対談が終わるまでに考えます。※
※柳沢さんのワードは対談の最後に発表します
幕開け感をどう表現するか
臼井 どのようにしてあの世界観を構想されたのか。今日はそこを柳沢さんに伺いたいと思いました。
柳沢 じつは最初、理念という抽象的な概念を伝えることに戸惑いもあったんです。パナソニックがどう変わるかを具体的に示さないと、メッセージにならないんじゃないかと思って。でも、みなさんから、その気持ちもわかるけど、今回は具体的なことはセパレートして、とにかくパナソニックが変わることを表現したいといわれて。
臼井 そこは僕たちも強い想いがありました。
柳沢 それで、物質的な豊かさから精神的な豊かさへというコンセプトで思い浮かんだのは、無機質な世界が自然溢れる緑の世界に変わって、最後は新しいパナソニックを象徴する青空に移り変わるというイメージでした。それをコンテに描いてみなさんにお見せしたら、びっくりするくらいすんなりと賛同していただけて。いわれたのはたしか「どういう読後感になりますか?」だけでしたね。
臼井 じつは僕たちもドキドキしてました(笑)。柳沢さんの頭の中にある絵は見えてなかったわけですから。あの段階からセットをひっくり返すというアイデアはあったんですか?
柳沢 コンテをそのまま映像にするだけでは、誰もが見たくなるものにはならないので、そこからの飛躍が必要でした。そのとき僕の頭の中にあったのは「幕開け」というキーワードと、地表を覆う無数の布が、幕が上がるように舞い上がるビジュアル。どうやったらそれを実現できるか、制作スタッフたちと検討を重ねているうちに、セットをひっくり返したらいいんじゃないかと考えて。

臼井 ふつうはそれをCGで表現しそうなところですよね。でも、そこをあえて実写で、しかもセットをひっくり返して撮影する。そんな常識破りなところに、発想の転換や既成概念への挑戦という意志を感じたし、僕たちが「Make New」に込めた思想にも通じると思いました。
柳沢 あとになってクリエイティブチームの牧野圭太さんが、幕開けを「Unveil」という言葉で表現してくれました。Unveilって「覆いを取る」だけでなく、「発表する」という意味もあるので、今回のプロジェクトにぴったりのワードだなと。
臼井 結果的にそれが、三宅純さんとAwichさんによる楽曲のタイトルにもなりましたよね。
柳沢 そうですね。
臼井 音楽に関しては、柳沢さんの中にどのようなイメージがありましたか?
柳沢 映像はインパクトのあるものになるという計算はできていました。その上で、音楽で人の心をがっちり掴む必要があるというのがひとつ。もうひとつは、パナソニックという歴史のある会社が理念や決意を本気で伝えるときに、流行りの曲やアーティストに頼るのは違うなという思いもあって。そこで、レジェンドと呼ばれるようなアーティストと次の時代を牽引する新しいアーティストの組み合わせにしたいと思ったんです。
ヴォーカルの圧倒的なパワー

臼井 それで、三宅純さんとAwichさんのコラボレーションが生まれたわけですね。
柳沢 先ほどもいったように、三宅さんもAwichさんも「Make New」という理念にすごく共感していました。三宅さんは精神的な豊かさに向かうというのは時代的にも正しいし、Unveilされて緑の世界に変わっていく映像には「祝祭感」が欲しいとおっしゃっていました。
臼井 Awichさんについては、柳沢さんを始め、制作サイドからの推しがすごかったですね。
柳沢 最終的に決めていただいて、ありがとうございます。
臼井 そこまで強くAwichさんを推すからには、その意志を尊重しようと思ったんです。僕もデザイナーのひとりとして思うのですが、プロトタイプデザインというのは文句なしにかっこいい。それはつくり手の意志がピュアに表現されているからなんです。ところが、製品化に向けて、安全面や品質面などの制約以外にも、思わぬ事情が絡んできたりして、当初のよさが失われていくケースがあります。
柳沢 わかります。
臼井 なので、自分の意見がボトルネックになって、中途半端なものになってしまうのだけは避けたいと思いました。Awichさんの資料映像を見せてもらったらヴォーカルのパワーが圧倒的で、これはもうAwichさんしかいないという柳沢さんからのメッセージだなと。でも、あの映像にラップが乗るというのは正直予想してなかったですね(笑)。
Profile

柳沢 翔(やなぎさわ しょう)
多摩美術大学美術学部油画専攻卒業。 カンヌ国際広告祭、ClioAwards、One Showフィルム 部門ゴールド、ACCベストディレクター、ADFESグランプリほか受賞多数。海外ではPRETTY BIRD(US)、RSA film(UK)、DIVISION(FR)所属。

臼井 重雄(うすい しげお)
パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 デザイン担当
パナソニック株式会社 執行役員 カスタマーエクスペリエンス担当(兼)デザイン本部長
1990年松下電器産業入社。2007年中国・上海に赴任しデザインセンター中国拠点長。2017年アプライアンス社 デザインセンター所長。2019年デザイン本部長。
2021年パナソニック株式会社 執行役員 デザイン担当。2022年より現職。